追記:大淀病院の一件が報道メディアで大きくとりあげられるに至った経緯についてfinalventさんが発端の部分を判りやすくまとめておられました。
経緯が本当にこの通りなんだとしたらあの件が“
結果的には本紙のスクープになったのですが、第一報の原稿を本社に放した後、背筋を伸ばされるような思いに駆られ”たと続報のなかで述べている井上朗@毎日新聞奈良支局さんは、今回の報道について現場で働いている方々からでている疑問にもきちんと答えてほしいな、と部外者はしみじみ思います〆
✽✽✽10/31/06✽✽✽
■おととい『
さらに弱いものをたたく』の項に医療スタッフの判断ミス(に素人からは見えるケース)を追求する報道メディアの姿勢について書き足しました。
それ以来あれってどうなんだろうと気になっていたら、medtoolzさんのブログに医療の側からみた報道メディアの評価がのってました。曰く、
彼らは「新聞や雑誌を買う」市民の代弁者として発言。彼らが信じているのは「忘却の力」だから、一貫性はあえて捨てて、そのときの「市民の意思」を感じて、そこに立つ
マスコミは情報を編集する。「医師の怠慢がこの悲劇を生んだ」という物語が最初にあって、その物語を広めるために情報を集める。一定の意図の元に編集された情報は、読者に「刺さる」。リンク先の本文が、6400字。新聞の社説は1000字以下。読者への浸透力というのは、単純に考えて6倍以上
新聞の対象読者は、みのもんたを信じてblog を見比べたりなんかしない人。うちとか、「はてな」、ましてや「m3」あたりでいくら叫んだところで、マスコミを信じる人の耳には絶対届かない
厳しいな。
他にも“
専門家のメッセージは正しい。でも、それだけ”とか“
たぶん、「伝える」 力というものもまた再現可能な技術であって、誠実さとか、人柄とか、そういった思考停止ワードを使った時点で負けているんじゃないかと思う”と医療サイドに向かっても厳しいフレーズが並んでます。
でもこちらのブログが他とちょっと違うのは、相手の痛いトコロや問題点を指摘してそれで終わりではなく、いつも現実はアレだけど、だったら我々はこうしようって提案をなさっているところ。それも荒唐無稽?な案を示すことで、読み手に問題意識を共有させつつ落ち着かせるって手法をとっておられます。
なんだか
ウチダ先生に似てますね〆
*とはいえ今までならばメディアの意向に沿わない『専門家の声』はまったく取り上げられなかったり、文脈を壊さないように加工されたものしか私達みたいな素人の耳には届かなかったのに、最近はその気になればそれを見つけて比較することができるようになったのは素直にありがたいです。大淀町立大淀病院@奈良の件が気になっている方には下記のリンクがお役に立つかもしれません。